わが国初の鉄骨構造
1902年には、大番頭、益田孝の建策で、本格的な洋風建築でわが国初の鉄骨構造の大建築である「旧三井本館」(地上4階)が建てられました。1923年の関東大震災で内部は全焼しましたが、倒壊は免れました。補修して使えばよいとの声が大勢だった中で、3番目の大番頭、団琢磨の断行により、取り壊し新館を建てることとなりました。これが日本橋にある現在の「三井本館」です。新ビルの条件として、耐震耐火を前提に「壮麗・品位・簡素」の3要素を掲げ、アメリカの事務所に設計・施工を発注しました。地下2階、地上7階の鉄骨鉄筋コンクリート造です。耐震の面でも、関東大震災の教訓から、その2倍の地震にも耐えることができるように作られているといわれており、これは現行の耐震改善促進法の基準の2倍以上にあたるとも言われています。三井合名、三井銀行、三井物産、三井鉱山に、開業したての信託銀行が本社を置き、いわゆる三井財閥の総本山となったわけです。
